山口地方裁判所岩国支部 事件番号不詳 判決
本籍 山口県熊毛郡平生町大字平生第三百五番地
住居 同県同郡麻郷村字八海
経木製造業 吉岡晃
昭和三年三月二十九日生
本籍 同県同郡平生町大字平生第五百六十四の二番地
住居 同県同郡平生町大字竪ヵ浜字人島
人夫 阿藤周平
大正十五年十二月十日生
本籍ならびに住居 同県同郡麻郷村大字麻郷第二十七番地
人夫 稲田実
昭和二年十二月六日生
本籍ならびに住居 同県同郡平生町大字平生第四百二十番地
人夫 松崎孝義
昭和四年十一月三日生
本籍ならびに住居 同県同郡平生町大字平生第百九十番地の二
人夫 久永隆一
昭和三年十二月十三日生
右五名にたいする各強盗殺人、および吉岡晃にたいする窃盗被告事件について、当裁判所は検察官土井義昭出席して審理をすませ、つぎのとおり判決する。
主文
被告人阿藤周平を死刑に処する。
被告人吉岡晃、同稲田実、同松崎孝義、同久永隆一をそれぞれ無期懲役に処する。
押収してある懐中電灯一個(証三号)は沒収する。訴訟費用中、国選弁護人村岡清に支給した分は被告人吉岡晃の負担とし、その他の部分は被告人らの連帯負担とする。
理由
第一罪となる事実(被告人らの前歴)
被告人らは、いずれも今次大戦がはじまつてから後に、高等小学校を卒業し(被告人吉岡晃だけ高等科一年中途退学)、軍隊に入つたり、あるいは軍関係の工廠などに勤めたりしていたが、戦争が終つたため、それぞれの職場を失い、その後、いろいろな仕事をしているうちに、被告人阿藤周平は、昭和二十一年四月十二日、徳山区裁判所で窃盗罪により懲役一年、三年間執行猶予の判決を云い渡され、ついで同二十三年七月八日、岩国簡易裁判所で窃盗および同未遂罪により、懲役一年に処せられたが、同二十四年十二月ごろ出所し、刑の執行を受け終つた。
被告人稲田実は、同二十三年四月二十六日、山口地方裁判所で、強盗および窃盗罪により、懲役六年に処せられたが、同二十五年十月ごろ仮出獄し、保護観察中である。
被告人久永隆一は、同二十一年十月八日、山口地方裁判所で窃盗罪により懲役二年、五年間執行猶予(同二十一年勅令第五百十二号により懲役一年六月に変更)の判決云い渡しを受けた。
(被告人吉岡晃の窃盗)
被告人吉岡晃は、家業の経木製造を手伝つていたが、小学校の先輩である被告人阿藤と急にしたしくなり、同人に兄事して、たびたびその家に出入し、一しよに酒をのんだり、女遊びをするようになつた結果、右阿藤との遊興費にあてるためにつぎのような盗みをした。
(イ)昭和二十五年三月下旬ごろ、午後十一時頃、山口県熊毛郡平生町字西浜、友田彌一方で同人所有の男物短靴一足、女物靴二足を窃取した。
(ロ)同二十五年四月初旬ごろ、午後十一時頃、同県郡同郡麻郷村下山、井上俊助方で、同人所有の粳玄米四斗ぐらいを窃取した。
(ハ)同二十五年五月中旬ごろ、午後十一時頃、同県同郡麻郷村字八海、清水宇三郎方で、同人所有の背広上下一着を窃取した。
(ニ)同二十六年一月十五日ごろ、午後十時頃、同県同郡麻郷村字助政、農業協同組合前路上で、同村助役、竹本定人所有の中古自動車一台を窃取した。
(被告人らの交友関係)
被告人阿藤周平、稲田実、松崎孝義、久永隆一は、たいてい同じ仕事場で人夫をしていた関係から、ひじように心やすくなり、よく共同で仕事を下請して働いていた。そして同被告人等は、被告人阿藤を通じて、被告人吉岡とも仲よくつきあうようになり、被告人らは右阿藤方や久永方を溜り場として、毎日のように集まり、雑談や遊びにふけり、金があれば酒を買つて皆で飲み、あるいは近くの娘のいる家に遊びに行くなど、行動を共にしていた。
(被告人らの強盗殺人)
ところで昭和二十六年一月十五日ごろ、当時よい仕事がなく、小遣に不自由はするし、家の者からは入金を迫られるなど、金につまつていた被告人らは、どこかよい所に物とりに入ることを考えはじめた。同月十九日、山口県熊毛郡平生町橋柳旅館に、被告人五名が集まつて酒を飲んださい、一しよに来ていた木下ムツ子(右阿藤の内縁の妻)らに分からないように、被告人阿藤が、右の話を持ちだし、押入先をいろいろ物色した結果、老人夫婦だけで小金持の、同郡麻郷村字八海、早川惣兵衛方がよい、ということに、だいたい話が落ちついたが、日取り、その他のくわしい取りきめまではしなかつた。
その後、同月二十二日午後一時ごろ、被告人阿藤ら(松崎を除く)は、同郡平生町横土手で、乗合自動車に乗ろうとしていた被告人吉岡を見つけ、それとなく同人に、右計画の実行を強くうながした。
さらに同月二十三日夜、被告人五名は、被告人阿藤方附近で、翌二十四日夜、同郡麻郷村八海橋に集まつて、右早川方に押し入ることを申しあわせた。
同月二十四日、午後十時四十分ごろ、被告人五名は、右八海橋に集合し、被告人阿藤から、家の勝手をよく知つている吉岡は先に侵入して戸を開けるように、自分は稲田と侵入し、長斧を探す。松崎は見張をし、久永はロープを探すようにと、各人の分担を指図し、そのほか、終つたのちの始末や、発覚したときの対策などについて話しあい、場合によつては老人夫婦を殺害することを相互に了解し、もつて被告人五名は、前記早川惣兵衛方から金品を奪いとることの共謀をとげた。
かくて被告人五名は、右八海橋よりただちに前記早川惣兵衛方におもむき、同日午後十時五十分ごろ、被告人阿藤は、まず右早川家にあつた長斧(証四号)で、六畳の納戸に寝ていた早川惣兵衛(当時六十四歳)の頭部を一回強打し、同時に被告人吉岡は、驚いて起きあがつた右惣兵衛の妻、早川ヒサ(当時六十四歳)にとびかかり、手で同女の口をふさぎ、首をしめ、ついで被告人稲田、吉岡、松崎がかわるがわる、右長斧で右惣兵衛の頭部および顔面などをなぐりつけ、一方、被告人阿藤、稲田がさらに手で右ヒサの首をしめつけた。その結果、右惣兵衛に、
(イ) 右眉毛二センチのところから後方にむかつた長さ九センチの割創、同部頭蓋骨骨折、大脳挫滅。
(ロ) 左側頭部の左耳より約四センチ上方に、横の方向に、長さ五、五センチ、幅二センチの割創、同部頭骨陥沒骨折。
(ハ) 右創に平行して長さ五センチ、幅二センチの割創、同部頭骨陥沒骨折。
(ニ) 右創につづく頭頂寄りに、長さ五センチ、幅二センチの割創、同部頭骨陥沒骨折、その顔面に右眉毛内端より右眼内眥をへて、右顴骨にいたる長さ七センチ、深さ四センチ、中央の幅一センチの割創、ほか二個の割創などの傷を負わせ、
同人を右頭蓋骨骨折、大脳挫滅などにより、その場で死亡させ、また右ヒサを窒息により、その場で死亡させて、各殺害したうえ、被告人阿藤、吉岡らが、右納戸の箪笥内より、右惣兵衛所有の現金約一万六千百円を取りだして、これを奪いとつた。
第二証拠の標目
以上の事実中、被告人らの前歴および交友関係の点は、
一、被告人らの当公廷での各供述
一、司法警察員の作成した被告人松崎孝義の第一回供述調書
一、証人樋口豊の当公廷での供述
一、検察事務官の作成した被告人阿藤周平、稲田実の各前科調書
一、山口地方検察庁検務課作成の被告人久永隆一の前科回答書
によりこれを認め、被告人吉岡晃の窃盗の点は、
一、同被告人の当公廷での自供
一、友田武夫の作成した友田彌市にかかる盗難届
一、井上俊助の作成した盗難届
一、清水宇三郎の作成した被害上申書
一、竹本定人の作成した盗難届
一、検察官の作成した阿藤周平の供述調書
によりこれを認め、被告人らの各強盗殺人の点は、
(イ) 被告人吉岡晃について、
一、同被告人の当公廷での自供
一、司法警察員の作成した同被告人の第六回供述調書
(ロ) 被告人阿藤周平について
一、司法警察員の作成した同被告人の第二回ないし第四回各供述調書
(ハ) 被告人稲田実について
一、司法警察員の作成した同被告人の第一回ないし第三回各供述調書
(ニ) 被告人松崎孝義について
一、司法警察員の作成した同被告人の第一回ないし第三回各供述調書
(ホ) 被告人久永隆一について
一、司法警察員の作成した同被告人の第二回ないし第五回各供述調書
(ヘ) 吉岡晃以外の被告人四名について
一、被告人吉岡晃の当公廷での供述
(ト) 被告人五名全部について
一、この裁判所の清力用蔵、中山宇一、加藤スミコ、弘野正世、山崎博、岩井武雄、中野良子、藤田千里にたいする各証人尋問調書
一、検察官の作成した岡田保、中本イチ、八木初江、山崎陽子、新庄勝一の各供述調書
一、この裁判所の検証調書
一、司法警察員の作成した検証調書
一、医師藤田千里の作成した早川惣兵衛、早川ヒサにたいする各鑑定書
一、押収してある長斧一丁(証四号)、庖丁一丁(証五号)、切れヒモ一本(証六号)、細引一本(証七号)、紙片(証八号)、鍵一個(証九号)、懐中電灯一個(証三号)、三合ビン一個(証一号)、および
藤田千里の作成した昭和二十六年二月十九日付、「物品検査回答」と題する書面
一、押収してあるジヤンパー一着(証三十二号)、および
藤田千里の作成した同二十六年二月十四日付鑑定書
一、押収してある二合ビン一個(証二号)および国家地方警察山口県本部鑑識課長作成(対照責任者田中専)の「現場指紋対照について」と題する書面
一、押収してあるズボン一着(証二十四号)、浴衣一枚(証二十五号)、占領軍払下下衣一着(証十八号)、国防色ズボン一着(証十九号)、黒色ズボン一着(証二十号)、および
警察技官上野敏典作成の「物品検査回答」と題する書面
司法警察員吉岡隆夫の作成した領置調書(差出人上田節夫)
司法警察員三好等の作成した捜索差押調書(被告人松崎方)
一、押収してある日本手拭一枚(証二十六号の一)、西洋手拭二枚(証二十六号の二)、雑巾二枚(証二十七号)、請求書一枚(早川宛、証二十八号)、および
司法警察員松本正寅作成の検証調書、
中山ツマの作成した上申書
一、押収してあるバール一本(証三十号)、および
証人中山宇市の当公廷での供述、司法警察員松本正寅の作成した実況見分調書
一、押収してある現金十円札五枚(証十四号)、十円札十枚(証十七号)、十円札一枚(証二十一号)、十円札五枚(証二十二号)、十円札七枚(証二十三号)、および司法警察員近間忠男の作成した領置調書(差出人中本貫一)、同三好等の作成した領置調書(差出人長滝キミ子)
同五島義重の作成した木下ムツ子の供述調書および領置調書(差出人木下ムツ子)同三好等の作成した捜索差押調書(被告人久永方)
同秋本繁の作成した早川広美の供述調書
一、押収してある現金千円札一枚(証十六号)、五円硬貨二十七枚(証十五号)および司法警察員松本正寅の作成した領置調書(差出人吉岡晃)
同近間忠男の作成した領置調書(差出人長滝キミ子)を綜合してこれを認める。
(被告人および弁護人の主張にたいする判断)
弁護人丸茂忍、弘田達三は、本件は被告人吉岡晃の単独犯行であると主張するので、考えるに被告人吉岡の当公廷での供述(同人の供述にはすべて裏づけがあつて真実であると認められる)、この裁判所の検証調書、司法警察員の作成した検証調書、藤田千里の作成した早川惣兵衛夫婦にたいする鑑定書などによれば、右早川方への侵入口と認められる場所が二ヵ所あること、炊事場と台所との間の戸板に刃物でさした跡があること、殺害が同時であると認められるのに、殺害の方法は各異なること、夫婦げんかのすえ、早川ヒサが夫惣兵衛を殺して自殺したように擬装するため、右ヒサの死体を鴨居に吊りさげ、惣兵衛の血をヒサにつけるなど、手のこんだ犯行が認められ、かような犯行は被告人吉岡一人では、とうてい遂行できないものと認められるから、右主張は理由がない。また、吉岡晃以外の被告人らは、司法警察員から取調べのさい、なぐられたり、ひどく責められたりして、苦しまぎれに相手の云うままに偽りの自供をしたと弁解し、その弁護人らは、司法警察員の作成した被告人らの前記自供調書は、強制または拷問のもとに作成されたので、任意性がない旨主張しているから、この点について検討する。
まず、前記被告人らの供述調書をくらべてみると、被告人吉岡が、被告人阿藤の言にしたがつて、犯罪にまつたく関係のない上田節夫を加えて六人で実行したと述べているあいだに、他の四被告人は、五人で実行した旨自供していることが認められ、かつ右四被告人の供述内容は、相被告人吉岡の全然述べていない部分や、同被告人と全然関係のないことについてまで相当詳細であるにもかかわらず、細部の点にわたつて、各人まちまちであるうえ、自分の犯行についてはなるべく実行行為に関係の少ないように注意ぶかく答え、わざと真実をかくしたと思われるような供述になつていて、この点は被告人吉岡が当公廷で、本件犯行に着手する前に、被告人阿藤から、「万一あとになつて発覚して取調べを受けるさいには、関係のない者を一人入れておけ、でれんぼれんと、つじつまの合わぬ供述をせい、警察でつじつまの合わない自供をしておけば、裁判のさい、ひつくりかえせる」と云う意味のことを、皆の者が聞かされていたと述べているのと符合しており、そのほか、記載内容自体から、右自供調書が、右被告人らの云うようにして作成されたとは、容易に認められない。
そればかりでなく、証人上田節夫、三好等に対する当裁判所の尋問調書によれば、本件の嫌疑を受け、右被告人らと同時に逮捕された上田節夫が、終始否認していたにもかかわらず、アリバイに関する弁解がいれられ、二晩留置されただけで、べつだん暴行や強制を受けることなく釈放されたことが認められ、ほかに被告人らの主張する任意性を失わせるような暴行などの事実は認められないから、右被告人らの弁解や弁護人の主張は採用することができない。
なお、右弁護人らのアリバイに関する主張立証も、前記認定を左右するにはたりない。
第三法律の適用
法律によると、上記行為中、被告人らの強盗殺人の点は各刑法第六十条、第二百四十条後段に当るが、右はいずれも一個の行為で数個の罪名にふれるばあいであるから、同法第五十四条第一項前段、第十条により、各犯情の重い早川惣兵衛にたいする強盗殺人の刑にしたがうべく、また被告人吉岡晃の窃盗の点は各刑法第二三五条に当り、これと同人の右強盗殺人とは同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるが、しばらく被告人らの情状について考えてみる。
本件犯罪の特異性は、一言にして云えば多人数による計画的な巧妙な、しかも残虐な兇行であると云える。すなわち、主として被告人阿藤によつて計画されたと認められる周到な事前の謀議にもとずき、犯跡を残さないように、十分な用意のもとに、あらゆる見地から目的達成が可能であるとして決められた家に押し入り、殺害の方法は残忍をきわめ、事後の擬装行為とあいまつて酸鼻の状、目をおおわしめるものがあり、社会に与えた影響は決して少なくない。
その上、本件の動機が日常のわずかな飲みしろ、もしくは小遣銭を得ようとしたというのであつてみれば、被告人らの道義的感情の麻痺していることは、なんとしても弁解の余地がない。けれどもこれを被告人各自についてみれば、そのあいだに多少の軽重が認められないでもない。
実行行為の点から云えば、被告人中、久永以外の四名は殺害行為自体に加わつており、右久永が直接これに加わつていたかどうか、つまびらかでないが、早川ヒサを吊りさげた細引を探してくるなど、少なくとも殺害後の行為に加わつていたことは明かであつて、その中でも、被告人阿藤および吉岡が、もつとも重要な役割をしていることはあらそえない。
そして、主として事前および事後にわたり、具体的に計画をたて、他の者を指図し、右兇行の実行にいたらせたのが被告人阿藤であることもいなめない事実であるから、同被告人こそ本件兇行の首謀者、または指導者として第一に責任を負わなければならない。
この点に関し、被告人吉岡の責任も決して軽くないが、同被告人は右阿藤との従来の関係や、同人らに酒代を返さねばならなかつたことや、右早川家の勝手をよく知つていたなどの事情から、阿藤にたくみに利用され、その手先として手柄顔に立ち働いたことが認められ、また同被告人が多少口が軽い性質を知つていた他の被告人らは、自分たちだけでくわしい相談をし、右吉岡には全部を伝えていないようなこともうかがわれるし、ことに吉岡は他の被告人らと違つて、検挙された後、しだいに落着きを取りもどし、反省をかさねた結果、深く自分の非を認めて、日夜被害者の冥福を祈るなど、悔悟の情いちじるしいものがあるので、この点はとくに斟酌されねばならない。
被告人稲田実、松崎孝義、久永隆一については、同人らが自己に有利な点についてもあきらかにしないため、その間の責任の軽重を知るによしないが、被告人阿藤につぎ、右吉岡と大差ないものと認められる。
以上の各情状を考慮し、前記早川惣兵衛にたいする強盗殺人罪の定める刑のうち、被告人の阿藤周平につき死刑を選択し、同被告人を死刑に処し、被告人吉岡晃につき無期懲役刑を選択し、刑法第四十六条第二項本文にしたがい他の刑を科せず、同被告人を無期懲役に処し、被告人稲田実、松崎孝義、久永隆一について各無期懲役刑を選択し、同被告人らを無期懲役に処する。
押収中の懐中電灯一個(証三号)は被告人吉岡晃が本件犯罪の用に供したもので、犯人以外の者に属さないから、同法第十九条第一項第二号第二項によつて沒収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十二条にしたがい、被告人らに連帯して負担させる。
よつて主文のように判決する。
(裁判長裁判官 藤崎晙 裁判官 吉田勝 裁判官 五十部一夫)